家の中心に敷かれた一枚の絨毯

記憶の家の一番大切な場所に、絨毯を一枚誂えます。

この一枚の絨毯は「家族の絨毯」です。

高地で育つ高品質の天然のウールを手で紡ぎ糸にして、それを草木の染料で染め、縦糸に結びつけていく。

全て手仕事で織られる特別な一枚です。

作り手はネパールにいます。

もともと暮らしに根づいた丈夫で機能的な絨毯を作ってきた国です。

家が建ち始める頃、オーダーをして、家が完成すると同時に日本へ入荷します。

家が完成し、鍵を受け取り、戸を開け、そこには一枚の絨毯が家族を迎えてくれます。

絨毯も家族の一員として、記憶の家の暮らしが始まります。

楽しい時も、嬉しい時も、喧嘩をした時も、洗濯物をたたむ時も、疲れを癒す時も、新しい家族を迎え入れる時も、子供達が育って夫婦二人になった時も、年老いて子供や孫の姿をみる時も、何があっても必ず絨毯のうえは家族が集まる場所。

絨毯は、一枚敷くとそこが大切な場所になります。

家の中心に、一番いいものを誂える。

最上級に最高のものを家族の暮らしの真ん中に誂える。

絨毯は、唯一、家族みんなで時間も場所も共有して過ごせる暮らしの道具です。

そのために心地よい質感と厚み、飽きない色で作られています。

例えば、記憶の家が建ち、住み始める時に生まれたばかりの小さな命があったとして、その子は、その先の暮らしのほとんどの時間を「家族の絨毯」と一緒に過ごします。生まれて、病院から戻ってきて最初に触れる家の感触は絨毯の柔らかさと心地よさ。そしてまだ見えない目に映るのは天然の優しくて強い色彩。感覚で覚えていく、家の質感。

一枚の絨毯が、その家の質感となっていきます。

絨毯に触れると安心します。絨毯には家族の暮らしの匂いがつきます。匂いは心の中の記憶を引き出すきっかけです。

もともと日本人は、畳の上に座り、低い視線で家族と顔を合わせ寝る時も食べる時もくつろぐ時も、家族みんなが寄り添って暮らしてきました。重心が下にあるのは安心感をうみ、一体感が育まれます。

リビングは家族の大切な暮らしのステージです。

その舞台の上で長い時間をかけて家族のことが大好きになることがたくさん積み重ねられて行きます。

家族みんなが一番リラックスできる場であるリビングを一番大切に考えた記憶の家は、絨毯も床の一部として一体に考えます。

何十年も家族と一緒に暮らしていく道具は、全て建築と同等です。

記憶の家は、木・鉄・石・土といった様々な自然素材をあわせた心地よいバランスで作られます。

その空間を作る構造と、暮らしの道具は一心同体で、リビングは木と羊毛と草木の色の掛け合わせで一つの空間ができています。

家族の星座をつくる

絨毯はオーダーメイドで作ります。

記憶の家に敷く為だけにデザインしました。

「大地と星空のじゅうたん」です。

絨毯の大きな面積を占めるフィールドは「大地」。

配置される文様は「星」。その星を繋げると家族の星座ができます。

「大地」の色は全5色。地球を構成する五大に由来した色です。

星の文様は全部で12種類。その中から、それぞれ自分の星を選び、大地の上に配置します。

「大地」はここで暮らすという意志。「星」は命。を表して、ここに家族の暮らしがあるよ、という、みんなが必ず集まる目印とお互いの幸せを願う場です。世界中どこを探しても見つからない、自分たち家族が暮らす記憶の家のリビングにしかない絨毯です。

世の中には溢れるほどに、様々な絨毯があるわけですが、この絨毯は、ほかに何にもかえが効かない大切な存在となっていきます。

つまり、そんな暮らし方に重きを置いた記憶の家も他にかえが効かないものになるのです。

自分たち家族でしかなし得ない暮らしの記憶。

自分たち家族だけのものを持つことで得られることは、毎日の家族との暮らしの時間を大切に思える、余すことなく記憶を残していけるような目に見えないものの価値と、もともと自ら力を発揮する自力ある、目に見えて存在する自然の色と形が暮らしに根付く価値。

30年後、絨毯に触れて、心がジーンとする瞬間がきっとやってきます。

そのジーンとするのは、家族っていいな、を感じるからです。

匂いも、思い出も、質感も、懐かしい光も音も、

全てがあわさるその感動の瞬間は、時間をかけたものやことでしか味わえません。

何十年後にこの家よかった!を深く噛みしめるために仕掛けられた暮らし方に乗ってみる。

その仕掛けに深さがあって、一番ウエートを置くのは間違いなくリビングです。

「記憶の棚」と「大地と星空の絨毯」。

暮らしの道具は、家族同様。そして、建築と同様。

家が建ち、新しい暮らしを始める、その始まりの瞬間から、そこには必ず一枚の絨毯がある記憶の家。

いつか、誰でも死ぬ時がやってくる。

その時に、家の真ん中、家族で過ごしてリビングに帰ってきて、

この家を建ててよかった。

ここで家族と暮らせてよかった。

家族のことが大好きだった。

家族と作ってきた歴史は全てここにある!満足だ!

そんな風に思って記憶の家のリビングには家族への愛情と感謝を置いて旅立てたらいい。

毎日の暮らしの積み重ねである短い時間軸と、生まれてから死ぬまでの長い時間軸の、二つの感覚。

近い未来と、遠い未来を、楽しく想像できるリビング。

目に見える家族の歴史

家の真ん中に「記憶の棚」を作りました。


記憶の棚は、家族の暮らしの記憶を可視化する棚です。

ものを整理したり片付ける棚ではなく、

1時間、1日、1週間、1ヶ月、一年、積み重なる時間で起こる家族の暮らしをコレクションできる棚です。

ひとつひとつの出来事に視点を持つこと。

子どもの見ている景色を知ること、うまく言葉にできない思いを知ること。

季節の移り変わりに気づくこと。

家族の気持ちや見ているもの、大切に感じていることを、ものを通して知り、形となって見える時間を愛でること。

記憶の棚に収められたものたちを見ているとじんわり心があたたかくなる。

家は家族のもの。

記憶の棚は家族の暮らしを表すもの。

家族であれ、子と親であれ、一人の人間として、人と人の関わりのあり方を考えたり、生きる方向を考えたり。

記憶の棚の存在は、目には見えない、家族のコミュケーションともなるような気がします。 

家族が好きになる

記憶の棚の記録を撮る。

家族の記念写真のように、記憶の棚がいっぱいになったら写真を撮ろう。

記憶の棚の写真を見返すたびに、「楽しかったな!」「この家族が好き!」「また頑張ろう!」と思えたり。

毎日を大切にする価値観を育む。

記憶の棚板は、上棟式の際に使用したもので作ります。

家を作ってくれる大工さんが作ってくれます。
家族の家を作る骨格と同じく、記憶の棚も家を構成する大切なものです。

*上棟式
工事が棟上げ(むねあげ)まで終了したところで執り行う行事で、棟上げ、建前(たてまえ)ともいいます。 「棟上げ」とは、柱・棟・梁(はり)などの骨組みが完成した段階のことです。 もともとは、骨組みが完成した区切りの時期に、ここまで無事に工事が進んだことへの感謝と、完成を祈願する儀式でした。

薪ストーブが教えてくれること

原始の頃から人間の暮らしに欠かせなかった“火”。

人類と火の歴史は少なくとも50万年前に遡るとも言われています。

“火”は、人々の暮らしに、夜の闇を照らす光と生きるための暖かさを与えてくれました。と同時に怖さというものも教えてくれました。

本物の火に触れることで気づき学ぶことはたくさんあります。

火を起こすことで風が必要なことを知り、

火と肌との適切な距離や付き合い方を学び、

炎の揺らぎに見とれる時間はかけがえのないものとなり、

燃え尽きた灰に過ぎた時間の記憶を感じる。

記憶の家にあつらえられる薪ストーブは鋳物です。

鉄を溶解し形作られるストーブ。

元を辿れば自然の大地の中にあった鉄。

鋳物のストーブは“熱しにくく冷めにくい”という特徴があり、高温から焚くことには向いておらず、ゆっくり時間をかけて温度を上げていかないといけません。

この時間をどう捉えるか。

例えば寒い日、休日の朝。

少し早起きして火を起こし、火を育て、沸かしたお湯が入ったポットをストーブにおいて温める。家族が起きてきて、少しずつ温まるリビングに集まって1日をのんびり過ごす。温めていたお湯でコーヒーやお茶を入れたり、昨日の残りのスープを鍋ごと温める。1日焚いたストーブの熱は吹き抜けを通って2階へ上がり、眠りに着くまでその自然の暖かさが家族全員を大きく包んでくれる。

「いい時間を過ごそう」とすると、そのためには準備や手入れが必要です。

ストーブを焚くための“薪”や、ガラスを磨くこと、灰の処理など、ちょっと時間がかかることがあります。

ですが、家族のために費やす時間は愛情のしるしです。

誰かのためになら頑張れる、楽しめる、そういうこともあると思うのです。

そして、前向きに考えると、いい時間(火)に出会うために段取り上手になる。ということかもしれません。

なんでもボタン一つで暮らせる時代になりましたが、たまにはちょっとめんどくさいこと、時間がかかること、その時間を楽しみに変えること。

「本物の温度」はいつでも人間にとって大切な価値観を教えてくれます。

肌で感じた本物の温度は、細胞レベルで家族の身体を健やかに作っていきます。

小さな頃に

誰でも“小さい”頃があった。

小さな手、小さな足、小さな頭、目、耳、爪、鼻、その全てて、ただひたすらその生まれたての感覚だけを使って、この世界を味わうそんな時代があった思う。

お昼寝の時の風、冬の朝に感じる寒さ、トラックの音、朝の鳥のさえずり、猫の鳴き声、ご飯を作る音、炊き上がるごはんの匂い、家族が話す声、玄関が開く音、階段を駆け上がる音と振動、果物を切った時の甘い香り、毛布の手触り。

挙げればきりがない、その五感で感じる体験を、大人になって思い出す時、嬉しいものであるように、それが幸せを感じる記憶であるように、大切に渡してあげることができたらいい。

もう大きくなった人が、小さい頃を生きている人へ、何ができるか、どんな世界を見せてどんな世界を体験させてあげられるか、それはとても大切に考えたいこと。

記憶の家での暮らしの中で、本物の音、本物の触感、本物の道具を通して、

「本物」を知り「文化」を伝えること。

1階の大きな窓には障子がはめ込まれます。

建具屋さんが作ってくれる大きな障子枠に毎年、年の瀬に家族みんなで張り替え、そして新しい年を迎える。

例えば、美しく貼るために貼りたての障子に霧吹きをかけるとピンっと伸びる、ということを知ることなんかは体験の中で蓄積されていきます。

扉を閉じたまま採光できることや、断熱や通気性といった日本の暮らしの工夫や知恵の証も、使ってみないとわからない機能の部分です。

剥がした紙が湿気を吸い少し日に焼けあせた色に、経過した時間を想う。

毎年変わらず行われる「障子の張り替え」という家族の行事は、大切な記憶の風景となって、引き継がれていきます。

キッチンで育つ

記憶の家のキッチンは、まるで実験室のよう。

このキッチンで生み出される料理は大切な家族の心と体を作る。

そして、360度解放されたおおらかなキッチンではきっと何かをしたくなる。

もしかしたら小さな子がなんでもやりたくなるかもしれない。

大人だったら、たまには手の込んだものを作りたくなるかもしれない。

広い作業台は思いっきり散らかして、時には床に何かを思いっきりこぼすかもしれない。

それでも大丈夫。

なんでもやってみなくてはわからないよ、といっているかのように、ステンレスの台も床のタイルもそんな家族の成長を見守ってくれている。

包丁の使い方も、お皿の洗い方も、魚の捌き方も、鍋の温度も、季節の保存食の作り方も、ものが腐る過程も、タイミングも、とにかくやってみないとわからない。

加えて、季節を感じること。

春には花を活け、夏にはシロップを作り、秋にはおかしを焼いて、冬には薪ストーブの熱でドライフラワーを。

グレーと白を基調とした空間には、自然の色がよく似合う。

そして、キッチンの収納とは別に、飾ってみせる棚があります。

その棚には、色のあるものを。自然を感じる、手仕事の温かさを感じるディスプレイを。「飾る」という感覚は空間に表情と命をもたらします。

今年の梅酒はちょっと甘かった。

ブルーベリーのお酒は本当に色がきれい。

この豆の形が可愛いの。

そんな風に日々の喜びの蓄積を愛でることができる瞬間を。

記憶の家では、そこに存在するものすべてで人間を育てていきます。

目で見て、肌で体感し、心で受け止める。

キッチンはその体験の中心となる場所です。

人が育つときは、心が嬉しかった時だと思う。

心が嬉しいと、少し遠くにあったはずの景色に気づくことができる。

心が嬉しいと、誰かのために何かをしたくなる。

そのために必要な空間の広さと奥行きと質感。

家族を想う余裕と育っていくことの楽しさを、このキッチンが教えてくれます。

手のひらが覚えている

手ざわりがいいものに触れていると嬉しくて元気になる。

手のひらは体の中で様々なものに一番触れる部分なのかなと思ったら、

大切にできているだろうかと考える。

生まれたての赤ん坊は

誕生してはじめてこの世界の空気に触れ人の体温に安堵感を覚える。

布団のシーツの感触にも、

目や耳の形、足の指、手の指、まずは自分のからだに触れてかたちを知る。

抱きかかえてくれる人が着ている服の質感。

沐浴の心地よい温度。

少し大きくなって、その手のひらで

小さな虫の命の動きを感じ

雪の温度、湿った土の温度、雨の雫、海の潮風、山の肌、生きる環境全てに触れていく。

ずいぶん大人になって、変わらずその手のひらで

かばんの重み、

新しい家族の小さな命の重み、

そして、

人生の最後には、家族の手を握るのかもしれない。

年をとった人のシワの手がなんだか愛しくかっこいいなと思うのは

そこに重ねてきた二度と戻れない日々の記憶が

シワとなって写しとられているから。

手のひらはくらしのセンサー。

手のひらにどんな記憶を残してあげようか、と思うと、必然とどんなものに囲まれて暮らすか、を考えることになって、その果てに、家族に触れさせたいものが何か、もちゃんと考えて選ぶようになる。

手のひらはきっとたくさんのことを覚えている。

脳では思い出さないことを、手で触れると思い出すことがある。

思い出すことが前向きなことばかりではないけれど、

手のひらの感覚を育ててあげよう。

手のひらの感覚、どう感じるかを大切にしてみよう。

記憶の家で触れるものは全て手のひらの感覚を育ててくれます。

鉄・羊毛・石・土・麻・木。

私たちの祖先からずっと変わらずに使い続けてきた素材。

2階の部屋にはリネンのカーテンを。

リネンのカーテンはきっと私の手のひらも、家族の手のひらも、みんなの手のひらが喜んでくれると思う。

リネンは草からできていて、カーテンになるずっとずっと前は土の中で命を育み、

カーテンは、

朝あけて、夜閉じる。

毎日、あけて、とじる、が繰り返されて

触れるたびに跡がつく。

手のひらが感じたことは、カーテンのくせとなって日々の形跡を見せてくれる。

30年後のリネンカーテン は、草原に揺れる草花のように

柔らかくしなやかで、それでいてその芯の強さの意味を住人に教えてくれます。

光で育てる、手のひらで育てる、植物のリネンカーテン 。

暮らし方は、喜ばせ方。

自分も、家族も、からだの芯から手のひらの表面まで、

しっかり大切にしてあげよう。

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